水戸地方裁判所土浦支部 昭和46年(ワ)110号 判決 1974年6月10日
主文
被告らは、各自原告に対し金二、二七〇、〇〇一円と右金員のうち金二、〇七〇、〇〇一円に対する昭和四六年九月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員とを支払え。
原告のその余の請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し金三、七〇〇、〇〇三円と右金員のうち金三、五〇〇、〇〇三円に対する昭和四六年九月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員とを支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一 原告は昭和四三年九月一二日午後四時三〇分ごろ、岩手県二戸郡一戸町大字中山字大塚二番地先国道四号線道路上に立つていたところ、被告宮田登志雄の運転する普通乗用自動車(岩五そ二五二四)(以下被告車という)に背後から衝突され、そのため右脚下腿骨、左脚大腿骨の各骨折の傷害を受けた。
二 1 右事故は被告登志雄の過失によるものである。すなわち、同被告は、自動車運転者として走行中前方を注視し、前方に人が立つているときは、これに衝突しないよう減速するとともに、警笛を鳴らして自動車の接近を告知し、それでも気がつかないときは停車するなどの措置をとる義務があるのにこれを怠つたために本件事故が発生したものである。それ故、同被告は不法行為者として損害賠償義務がある。
2 被告宮田輝久雄は被告車を所有し、これをその運行の用に供しているものであるから、運行供用者として自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条による損害賠償義務がある。
3 被告宮田立志郎は被告登志雄の実父であるところ、本件事故発生の日の翌日原告に対し本件事故による被告登志雄の損害賠償債務につき保証することを約した。
三 損害
1 負傷の程度
原告は事故当日岩手医大附属病院(以下岩手医大という)で入院加療を受け、昭和四四年二月二四日退院し(入院日数一六六日)、同月二五日東京都駿河台の日本大学附属病院(以下日大病院という)に入院し、同年八月一八日退院し(入院日数一七五日)、同月二二日長野県下諏訪町所在の信濃整肢療護園に入園し、昭和四五年二月六日まで在園し(在園日数一六九日)、同月七日より同年五月二日まで山梨県下部温泉で療養し(療養日数八二日)、その後自宅で歩行訓練などして、昭和四六年二月一日から後記勤務先に出勤している。
なお、その間筋肉伸長手術のため昭和四五年九月二八日より同年一一月二七日まで(七一日)日大病院に入院した。そして、現在、左膝関節可動域一八〇度―八〇度左大腿部筋萎縮の後遺症があり、右後遺症は後遺障害等級一〇級一〇号に該当する。
2 治療費等合計金五八〇、八三四円
(一) 日大病院差額ベツト代金三六五、〇三〇円
(二) 下部温泉療養費金一〇二、八〇四円
(三) マツサージ代金三〇、六〇〇円
(四) 入院中雑費金八二、四〇〇円(入院日数四・一二日、一日金二〇〇円の割合)
3 逸失利益金八一九、一六九円
原告は本件事故当時訴外鹿島道路株式会社(以下鹿島道路という)に勤務し、二戸工事々務所に在勤して工事監督の業務に従事していたが、本件事故によつて事故当日から昭和四六年一月三一日まで休業を余儀なくされ、その間の給与金一、五二九、六五六円相当の得べかりし収入を喪失したところ、休業による労災給付金七一〇、四八七円の支給を受けたので、その差額金八一九、一六九円が休業による逸失利益ということになる。
4 慰藉料金二、四一〇、〇〇〇円
5 弁護士費用金二〇〇、〇〇〇円
原告は、被告らが本件事故によつて原告が蒙つた損害を任意に賠償しないので、やむなく原告訴訟代理人に本訴提起を委任し着手金として金七〇、〇〇〇円を支払い、さらに勝訴の場合には勝訴額の一割相当額を成功報酬として支払うことを約したが、本訴ではその内金二〇〇、〇〇〇円を損害として請求する。
6 損害の填補
以上損害額合計金四、〇一〇、〇〇三円となるところ、本訴提起後原告は自賠責保険金三一〇、〇〇〇円の給付を受けたので、残損害額は金三、七〇〇、〇〇三円となる。
四 よつて、原告は被告ら各自に対し金三、七〇〇、〇〇三円と右金員のうち金三、五〇〇、〇〇三円(弁護士費用を控除した金額)に対する本訴状送達の日の翌日である昭和四六年九月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と述べた。
被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
一 請求原因一の事実は認める。
二 同二の事実中、被告立志郎の保証の点を否認し、その余は認める。
三 同三の1ないし5の事実中原告が岩手医大に原告主張の期間中入院したこと、原告の職業の点は認めるが、その余は不知。
四 同四の主張は争う。
と述べ、抗弁としてつぎのとおり述べた。
(一) 過失相殺
本件事故現場は歩車道の区別のない幅員約八・六メートルの直線アスフアルト舗装の国道四号線(ただし、道路両側は各一メートル幅づづ非舗装なので、舗装部分は約六・六メートルである。)であるところ、事故発生当時は被告車進行方向からみて右側半分(西側半分)は道路修理工事実施中で、その間道路左側半分(東側半分)の片側交通が行われ、前後二名の整理員(旗ふり)の誘導によつて上り下り交互に通行していたものである。被告車は時速約五〇キロメートルで進行して来たが、道路補修工事地点に至つて時速約四〇キロメートルに減速し、整理員の誘導に従つて工事区間に進入したところ、約四、五〇メートル前方の道路左端(非舗装部分)に補修工事の作業員二、三人(原告を含む)が立つていたので、アクセルペダルから足を離し速度を加減して進行し、原告との距離が約三〇メートルになつたときに、突然原告が道路左端から右側に向つて横断を開始したので、被告登志雄はブレーキペダルを踏んでさらに減速し、原告の左側を通過できる状態であつたから、若干進路を左にとり、かつ、原告を注視しながら進行した。
ところが、原告は被告車がその前方約九メートルに接近したところ、突如転回し、交通状況を一切顧慮することなく、もとの位置に向つて急ぎ足で引き返したので、被告登志雄は急ブレーキをかけたが間に合わず、原告に被告車前部右側附近を衝突させたのである。
ところで、一般に歩行者は車両の直前または直後で進路を横断してはならない(道路交通法一三条)のであるが、特に本件においては、前記のとおり事故現場では片側のみの交通が行われ、一方の通行中は他方は待機する関係上、整理員の指示に基き整然とスムーズに修理工事区間を通過しなければ、交通渋滞に陥ることは必然で、工事担当作業員である原告としては特にこの点に留意し、通行の円滑を妨害するような行為を故なく行うことは厳に慎まなければならないものである。しかるに、原告は一旦は道路左から右に横断を始めながら、突如として逆戻りし、整理員の指示に従つて進行していた被告車の直前九メートルの地点に飛出したのは極めて重大な過失があつたものというべく、この原告の過失は損害額の算定にあたり斟酌せらるべきものである。
(二) 弁済
原告は雇主である鹿島道路から昭和四三年一一月三〇日までの給料の支払を受けているので、この分は原告の請求額より控除せらるべきである。
以上のとおりである。〔証拠関係略〕
理由
一 請求原因一および二、1・2の各事実は当事者間に争いがない。
よつて被告登志雄は不法行為者として民法七〇九条により、被告輝久雄は運行供用者として自賠法三条により、各自本件事故によつて原告が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
次に、原告は被告立志郎は本件事故発生の日の翌日原告に対し本件事故による被告登志雄の損害賠償債務につき保証することを約したと主張し、同被告はこれを否認するので判断するに、〔証拠略〕を総合すれば、同被告は昭和四三年九月一七日二戸警察署において取調警察官に対し、「示談はできていないが、息子とよく相談して治療費等についてはできる限り保証してあげるつもりです。」と述べており、また本件事故の翌日原告、訴外小川一夫(原告の父)らに対し「怪我をさせて申訳ない。生命の危険がなくなつたのでよかつた。自分が責任をもつてやります。自分は西根町の助役や家庭裁判所の調停委員をやつているので信用して下さい。」と述べていることを認めることができる。右認定に反する〔証拠略〕は前掲各証拠に照し信用できなく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右認定事実を考え合せれば、同被告は原告に対し本件事故による損害について保証したと認めるのが相当であるから、原告のこの主張は理由がある。
二 そこで、被告らの過失相殺の抗弁について検討する。
〔証拠略〕を総合すれば、本件事故現場は歩車道の区別のない幅員約八・六メートルの直線アスフアルト舗装の国道四号線(ただし、道路両側には各一メートル幅づつの非舗装部分があるので、舗装部分は約六・六メートル)であるところ、被告車は、福岡町方面から盛岡市方面へ向つて進行して来たが、被告車の進行方向からみて道路の右側半分は道路補修工事施行中で、道路左側半分のみの片側交通が行われ、その工事区間の前後には二名の整理員(旗ふり)がいて、その誘導によつて車両は上り下り交互に通行していた。ところで、被告登志雄は時速約五〇キロメートルで進行して来たのであるが、整理員の合図により時速約四〇キロメートルに減速し、工事区間に進入したところ、約四〇余メートル前方の道路左端(非舗装部分)に立つている原告を含む補修工事の作業員二、三名を認めたので、アクセルペダルから足を離し減速して進行し、その距離が約二七メートルになつたところ、突然原告が被告車に注意することなく道路左端から右側に向つて横断を開始したので、同被告はブレーキペダルを踏んでさらに減速し、原告の左側(背後)を通過すべく、やゝハンドルを左に切つて進行した。ところが、原告は被告車が約一〇メートルの地点に接近したところ、突如廻れ右して道路左側のもとの位置に戻ろうとしたので、同被告が急ブレーキをかけたが間に合わず被告車前部右側附近を原告の身体の正面に衝突させた。
以上のとおり認められ〔証拠略〕中右認定に反する部分はにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
前記の如く被告車に注意することなく、その直前で道路を横断し、さらに突如引き返そうとした原告の行為は歩行者としての注意義務を怠つたものというべく、かかる過失も本件事故発生の一因をなしたことは明らかであるから損害額の算定にあたつて斟酌せらるべきところ、その過失割合は原告につき三、被告登志雄につき七と定めるのが相当である。
三 損害
1 負傷の程度
原告は本件事故当日岩手医大で入院加療を受け、昭和四四年二月二四日退院したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すれば、原告は本件受傷治療のため、昭和四四年二月二五日東京都駿河台の日大病院に入院し、同年八月一八日退院し、同月二二日長野県信濃整肢療護園に入園し、昭和四五年二月六日まで在園し、同月七日より同年五月二日まで山梨県下部温泉で療養したが、その間筋肉伸長手術のため昭和四五年九月二八日より同年一一月二七日まで日大病院に入院したこと、しかしながらいまだに左膝関節可動域一八〇度―八〇度、左大腿部筋萎縮等の後遺症(後遺障害等級一〇級一〇号に該当)があることが認められる。
2 治療費等金四〇六、五八三円
〔証拠略〕によれば、原告は本件受傷の治療等のため、つぎの如き治療費等を支出したことが認められる。
(一) 日大病院診療費(前記入院二回分)金三六五、〇三〇円
(二) 下部温泉療養費金一〇二、八〇四円(金一一二、一〇一円の内金)
(三) マツサージ代金三〇、六〇〇円
下部温泉のマツサージ師遠藤良則に支払つた分。
(四) 入院中雑費金八二、四〇〇円
入院中雑費として少くとも一日金二〇〇円程度を必要とすることは公知のことであるが、右割合による入院日数四一二日分
以上合計金五八〇、八三四円となるが、原告の前記過失を斟酌すれば、原告の請求しうべき治療費等は金四〇六、五八三円(円未満切捨。以下同じ)となる。
3 逸失利益金五七三、四一八円
原告が本件事故当時鹿島道路に勤務し、二戸工事々務所に在勤して工事監督の業務に従事していたことは当事者間に争いがなく〔証拠略〕によれば、原告は本件受傷のため事故当日より昭和四六年一月三一日までの間休業を余儀なくされ、その間の給与金一、五二九、六五六円相当の得べかりし収入を喪失したところ、労災保険による休業補償金七一〇、四八七円の給付を受けたので、その差額金八一九、一六九円が休業による逸失利益ということになる。
しかして、原告の前記過失を斟酌すれば原告の請求しうべき逸失利益の額は金五七三、四一八円となる。
なお、被告らは、原告は雇主から昭和四三年一一月三〇日までの給料の支払を受けていると主張し〔証拠略〕によれば原告の雇主たる鹿島道路の就業規則によれば、従業員が業務上負傷したときはその休業期間中の賃金は支給されるけれども、労災保険等の給付を受けたときはその支給はなされないこととなつていること、ところが、原告は前記の如く労災保険による給付を受けたため、保険給付を受けた期間中の賃金については雇主から賃金の支給を受ける権利がないこと、しかして、原告は雇主から昭和四三年九月一二日より同年一一月三〇日までの給料と同額の金員を受料しているけれども、それは給料ではなく、立替金であつて、いずれは雇主に対して返済しなければならない性質のものであることが認められるから、〔証拠略〕の前記の記載は真実に合致するものとはなし難く、他に右主張を認めうる証拠もないから、被告らの右抗弁は採用の限りではない。
4 慰藉料金一、四〇〇、〇〇〇円
前記認定の原告の受傷の部位、程度、治療および療養日数、後遺症、原告の前記過失その他諸般の事情を考慮すれば、原告が本件事故によつて被つた精神的苦痛を慰謝するには金一、四〇〇、〇〇〇円が相当である。
5 以上損害額合計金二、三八〇、〇〇一円となるところ、原告が本訴提起後自賠責保険金三一〇、〇〇〇円の支払を受けていることは自認するところであるから、これを控除すると二、〇七〇、〇〇一円となる。
6 弁護士費用
以上のとおり原告は、被告ら各自に対し二、〇七〇、〇〇一円の支払を求め得るところ、〔証拠略〕によると被告らがその任意の支払をなさなかつたので、原告は、弁護士である本件訴訟代理人にその取立を委任し、手数料および報酬として二〇〇、〇〇〇円(ただし、うち七〇、〇〇〇円は着手金として支払ずみである。)を支払う旨を約したことが認められる。そうして、本件審理の経過、認定額その他諸般の事情を考慮すれば、原告が相当因果関係のある通常損害として被告ら各自に対し支払を求めうる弁護士費用の額は金二〇〇、〇〇〇円と解するのが相当である。
四 結論
被告ら各自は、原告に対し二、二七〇、〇〇一円と右金員のうち二、〇七〇、〇〇一円に対するこの訴状送達の日の翌日であること本件記録により明らかな昭和四六年九月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割分による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告の請求を右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 荒井徳次郎)